不二家憩希のブログ

はてなブログに引っ越してきました。

町内会の委任状を集めて回った。その④

 プリントの文面には異議があったとしても、
それと班長の仕事は別である。
 与えられた任務はきっちり遂行しなければ
ならない。
 私はまずSさんのお宅へ行った。
 Sさんに委任状についての説明をする。
 これは毎年行っていることなので、すんな
りと了承して頂けた。
 見るとSさんのお宅の玄関に額に入ったA
4ほどの写真がかかっている。
 演奏会の演奏風景を俯瞰から撮った写真で
ある。
 それは、全国紙の○○新聞主催・中学校吹
奏楽コンクールの銀賞受賞記念とある。
 その中学は私の母校でもある。
 これは?とSさんに尋ねた。
「私の孫が部活でね、今年は熱心な先生が顧
問になったものだから銀賞にまでいったのよ」
 なるほど。それでお孫さんはどの子ですか?
「え~と、これ」
 Sさんが指差したのは、アルトサックスを
吹いている女の子だった。
 ほぉ、アルトサックスですか。
「え?あなた音楽やってるの?」
 Sさんは驚いたように言った。
 こうした写真を見ても、楽器の種別にまで
言及する人は珍しいようだ。
 それにしても銀賞とは大したものですね。
「先生が熱心だからね」
 この中学は市立の普通の中学であり、県内
には音楽教育に熱心で過去に実績のある私立
の中学も沢山ある。
 そんな中での銀賞とは立派である。
 私はとりあえず褒めちぎった。
 これも忍法・世渡りの術である。
 するとSさんは、つぶやいた。
「それでも音楽大学に行くほどでも無いしねぇ」
 おぉ~、そこまで考えておられるのか。
 Sさんとしてもお孫さんの将来が気になる
のだ。
「プロになれるほどでもないし」
 うぅ~ん、そう来たか。
 確かに音楽関係の学校を出たからと言って
プロの音楽家になってやっていける人は、ご
く一部の人でしかない。
 私はそうした実例をいくつも知っている。
 だが、そんなシビアな現実をSさんに教え
ても話が暗くなるばかりである。
 私は、お孫さんは音楽をやって賞を受賞し
たのだから、これが今後の人生の中で大きな
自信になると思いますよ、と言った。
 こうして記すと歯の浮くような内容ではあ
るが、その時はそうでも言わないと話がまと
まらない様子だったのだ。
 それでもSさんは、自分の孫を大いに褒め
られて、とても嬉しかったようだ。
 Sさんは記入を終わった用紙を今まで見た
ことのないような笑顔で渡してくれた。
 私は挨拶をしてSさん宅を出た。

 ~続く~