不二家憩希のブログ

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社長になった係長 第19話

 ヤスオは書き上げたばかりの原稿を持って
会見場にに向かった。
 夜9時半、こんな時刻に社長が記者会見をす
るのは異例なことだ。
 会見場には新聞社や放送局の記者達が多数
集まっていた。
 どこから漏れたのか、社長辞任の一報はほ
んの少し前に流されていて、記者達もこれか
ら行われる記者会見の内容は知っていた。
 ヤスオは演台の前に立つと、淡々と話し始
めた。
 自分が社長として行ってきた功績を語って
はいるが、一年足らずの在任期間の仕事は何
とも見劣りするものだった。
 功を語れば語るほど、その業績の底の浅さ
が現れてきてしまっていた。
 普段のヤスオならそのようなことにはなら
ないように手筈を整えるのだが、この日ばか
りはそんな余裕は無かった。
 自ら作り出した土壇場で何とか平静を装う
ヤスオは、とても軽い存在に見えた。
 何とか話し終えると、記者の質疑応答に移
った。
 当然の辞任発表に記者達の質問はどれも厳
しいものだった。
 だが、厳しいとは言えそれらの質問の殆ど
がヤスオの事前の想定の範囲内にあった。
 ヤスオはいつものように、それらの質問を
やり過ごしていった。
 会見時間も終わりに近づいた頃に発せられ
た質問がヤスオを直撃した。
 それは、次のようなものだった。
 「一般に、社長の会見がユーザーには他人
事のように聞こえるというふうな話がよく聞
かれておりました。今日の辞任会見を聞いて
も、やはり率直にそのように印象を持つので
す。
 前の社長に引き続く、こういう形での辞め
方になったことについて、現在の御社に与え
る影響というものをどんなふうにお考えでし
ょうか?」
 ヤスオはこの質問キレてしまった。
 他人事のように聞こえる、と言うくだりが
ヤスオのプライドを大きく傷つけたのだ。
 他人事のように聞こえる、という評判はヤ
スオの耳にも入っていたが、あえて知らない
振りをしていた。 
 そういった評判に反応すること自体がヤス
オのプライドが許さなかったのだ。
 ヤスオは、この質問にこう答えた。
「他人事のようにというふうにあなたはおっ
しゃったけれども、私は自分自身を客観的に
見ることはできるんです。あなたと違うんで
す。そういうことも併せ考えていただきたい
と思います」
 この答えが30分ほどの記者会見のハイライ
トだった。
 
 ~続く~