不二家憩希のブログ

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社長になった係長 第1話

ヤスオは、自室に戻るとポータブル・オー
ディオのスイッチを入れた。
 いつもは、こんな夜更けにに音楽を聴くこ
とは無い。
 夜の9時過ぎから行った自分の社長辞任会見
は何とか終わった。
 社長室長の渋い顔が思い出される。
 流れてくるバルトーク管弦楽曲を聴いて
いると、この一年余りのことが思い出されて
くる。
 
 ヤスオは、どうしても社長になりたくてな
ったわけではない。
 前任の社長が腹痛で突然を辞めてしまい、
ヤスオはその時の成り行きで社長に担ぎ上げ
られてしまったのだ。
 ヤスオには少し前から社長就任の噂があっ
た。
 ヤスオの父も、この会社の社長を務めてい
たことがありヤスオはいわばプリンスなので
ある。

 ヤスオの前任の社長の父は、ヤスオの父の
部下だった。
 その部下だった男は、温厚ながらもやり手
として知られ、次期社長の呼び声も高い男だ
った。
 だが、社長の椅子を目前にして病に倒れ亡
くなってしまった。
 その息子は父の後を継ぎ、この会社に入社
し強気の姿勢で出世していった。
 特に朝鮮半島での難しい事業で功績を上げ
た。彼はその勢いで社長に就任できたような
ものだった。
 悲願の社長就任で業界紙では一時その話で
持ちきりだった。

 その点、ヤスオは淡白だった。
 仕事に熱意が無かったわけではないが、ど
うしても社長のポジションが欲しい、という
ような熱意はまるで無かった。
 元々、他の会社の社員だったところを、父
に説得されてこの会社に入っただけなのであ
る。
 既に結婚していたヤスオは、この会社に入
社する際、妻に家に仕事を持ち込まないよう
に約束させられていた。
 ヤスオの妻は、過酷なことで知られるこの
会社で夫が本当にやっていけるのだろうかと
いう心配もあった。
 父と違い線の細いヤスオにそれだけの能力
があるとは思えなかったからでもある。
 しかしながら、ヤスオは順調に出世してい
ったのだった。
 味方もいないが敵もいない、というヤスオ
独特の持ち味がその出世を助けたのかもしれ
ない。

 ~続く~