不二家憩希のブログ

はてなブログに引っ越してきました。

裸眼で太陽。その③

 太陽直視の40分が終わった。

 私がこれを行ったのは、悟りのためである。
 それ以外になにか起こったとしても、それは副次的なものでしかない。
 目的は悟りなのだ。
 では、その”究極の悟り”は得られたのか? 
 ノーだった。
 私は40分が終わったら、即座に悟りが訪れると思って
いた。
 この太陽直視を提唱した人はそう言っているではない
か。
 私は考えた。
 (これは40分では短いのかもしれない)
 私は日を改めて太陽直視をすることにした。
 今度は時間を延長して60分とした。
 40分で悟れるというところを60分にすれば、いくら私が
程度が低い人間でも悟れるだろう。
 そして、60分の太陽直視を決行した。
 今回も悟ったような実感はない。
 う~ん、これはまだまだ時間が足りないのだな。
 私はそう考えて次も20分増やして1時間20分行うこと
にした。
 この時もダメであった。
 おかしいなぁ。
 こんなに長くやって悟れないとは、どういうことなのだろ
うか?
 この方法を提唱した人は、世界的に著名な人物だった。
 碩学として知られ、古今における膨大な知識を有してい
るとされた。
 この太陽直視も古代からの知恵を匂わせるニュアンスで
語られていた。
 まぁ、もう少しやってみるか。
 私は太陽直視を続行することにした。
 
 ~続く~