私は小学生の頃から「世の終わり」ということを想像していた。
実に嫌な子供である(苦笑)
(この世はいずれ終わる)と本気で思っていた。
そうは言っても、そこは子供である。
知性がまるで入っていない空想の世界である。
空は昼間でも赤黒く染まり、青空は久しく見たことがない。
空気は健康を害されるほど汚染されていて、屋外での深呼吸が禁じられるような大気の状態である。
虚ろな目をした人達が、街を彷徨している。
戦争がすぐにでも起きそうな気配が社会を覆っている。
夜の終わりとは、そんなものだろうと思っていた。
この空想された世の終わりは、私が大人になっても変わらなかった。
だが、そんな私でも少しは知恵がついてきた。
(世の終わりとは、意外それまで通りの在り来たりの環境なのかもしれない)
30歳を過ぎる頃には、そう考えるようになった。
夜の終わりは、誰にも一目瞭然の世界ではないだろう。
それほど、甘くはない。
わかり易くない。
世の終わりは人々が気が付かないうちに忍び寄ってきて、誰もが「これは世の終わりだ」と感づく頃には、既にどうにも後戻り出来なくなっている、のではないだろうか?
そう考えるようになっていた。
そう考えてはいたが、それはずっと先の話だと思っていた。
私が存命中には起きないと思っていた。
その「世の終わり」がまさに今進行中である。