タイガー・ジェット・シンと言えば一世を風靡した人気レスラーである。
否、人気レスラーという形容は適切ではないかもしれない。
ジェット・シンは大いに注目を浴びていたが、彼自身を大好きだというファンはほぼ存在しないと思われる。
好きとか嫌いと言う以前に「怖い」「危ない」という意識でジェット・シンのことを見ていた人がほとんどだと思われる。
好き嫌いを超えた恐怖や危険を感じさせるレスラーだった。
試合会場でリングインまでの間に邪魔になる者はファンであっても突き飛ばす。
実際に怪我をし手当を受けた観客も少なくない。
取材する記者にも暴行を振るう。
試合が終わりリングを降りても「インドの狂える虎」のままだった。
いわゆる「お約束」無しに暴れるレスラーだった。
「本当に狂っている」とマスコミにも本気で思われていた。
ジェット・シンとは、そういう人だった。
だが、それらの行為は、悪役レスラーとしてのキャラクター設定を徹底するために全て意図して行われていたものだった。
狂っているのではなく、狂っているふりをしていたのだ。
しかし、それを見破る人は誰もいなかった。
近い存在であるマスコミですら、欺かれていた。
ジェット・シンは悪役レスラーの鑑のような人である。
ジェット・シンは日本で悪役レスラーとして活躍したファイトマネーを元にカナダで事業を起こし大成功した。
今では有名な慈善活動家でもある。
素顔のジェット・シンは、心優しい紳士である。
今でもジェット・シンはアブナイやつだと思い込んでいる人は少なくないかもしれない。
それはそれで良かろう。
それも面白いではないか。