その自転車屋さんまで、私は自転車にまた
がったままだった。
普通だったら自転車から降りて押していくも
のなのだろうが、たまには違ったことを試みた
くなったのだ。
自転車にまたがり、足で地面を蹴って前進し
たのだ。
大昔、英国で自転車が考案された頃は未だ
チェーンなど無く当然ペダルも無かった。
自転車はまたがって地面を蹴って乗る乗り物
だったのだ。
地面を蹴って5メートルほど進み、止まりそう
になるとまた地面を蹴って前に進む。
私はこの乗り方で、目的の自転車屋さんに着
いた。
私はこの店は初めてだ。
中をのぞいてみる。
人気が無い。
ごめんください、と声をかける。
反応が無い。
もう一度声を掛けてみる。
返事が無い。
留守なのか?と思っていると中から人が出て
来た。
50代後半くらいの男性である。
薄クリーム色のワイシャツに折り目の入ったス
ラックス、そして茶色の革靴である。
へぇ~、ちょっと自転車屋さんぽくないなぁ。
この人がこの店の主人なのか?
私は、運んで来た自転車の様子を話した。
その主人らしき男性は、ちょっと驚いたように
自転車を眺めた。
そして、ペダルを踏みつけた。
あれぇ~?随分乱暴なことをするなぁ。
男性が踏んでもペダルはびくともしない。
そして男性はこう言った。
「こんな自転車見たこと無い!どうなっているの
か、わからない」
何か他人事のような言い方である。
私は、ようやく事情を察した。
そうか!
この人は素人なんだな。
プロの自転車屋さんなら、こんなこと言いっこな
い。
なるほど、店内を見回してみると、商品として
の新品の自転車が一台も置いていない。
ここは、一応、自転車屋の看板は出してはい
るものの、こんな程度の知識や技能しかないの
で開店休業状態なのだろう。
こんなことをされたら、2度と来る気にはならない。
寂れる店にはそれなりの理由があるものだ。
そういえば、この男性の服装を見たときにピンと
来るべきだった。
こんなビジネス街の勤め人のような格好の自転
車屋さんなんて、ちょっとおかしい。
おそらく、この男性は嫌々この自転車屋を継いだ
か何かでやる気が無いに違いない。
まぁ、そういう人は世の中には珍しくも無い。
だが、私もそうした事情の人と関わっているほど
物好きではない。
私は、あぁ、そうですかぁ、と言って、そのままそ
の店を立ち去ることにした。
~続く~