不二家憩希のブログ

はてなブログに引っ越してきました。

手帳とメリーのチョコレート

 これは今年の1月6日のことである。
 いつものように、愛車のパナソニック号で走っていると、前
方に黒いものが落ちているのが見えた。
 むっ、財布か?と思って近寄り拾うと、それは手帳だった。
 仕事始めの初日に手帳を落とすとは、落とし主もアンラッキ
ー、いや良い厄払いが出来た、とでも言うべきか。
 そんな事態の解釈はともかく、落とし主は困っているだろう。
 私は、手帳を開いて落とし主の名前を探してみた。
 手帳の最終ページには、その持ち主の氏名と住所などを記入
する欄があるのだが、この手帳のそこは、空白のままであった。
 ここで、私の探偵心に火がついた。
 手帳の内容によって持ち主を推理し、見事持ち主に返さなけ
れば。
 警察に届ける、ということも当然考えたが、そこから警察は
あまりにも遠かったのだ。
 だが、まだ年初めで、大して手がかりになるようなことは書
かれてはいない。
 地元の医者の名前が、いくつも書かれている。
 どうやら、医療関係者であることは分かった。
 医者が、こういった手帳を持ち歩くとは思えない。となると、
薬のプロパー、つまり、薬のセールスの人のものか?
 良く見てみると、三味線のお稽古についてのメモが挟まれて
いる。三味線の稽古をするプロパーか?なかなか粋である。
 くまなく見ていくと、手帳には3軒ほどの電話番号が書かれ
ている。そのうちの一軒は、名前と住所が両方記載されている。
しかも、名前はフルネームで女性である。
 これが、持ち主の住所と名前か!だが、自分の住所と名前を
こんなところに書くわけがない。
 そうしているうちに、小雨が降っててきたので、推理は一時
中止し、家路を急いだ。
 どうしよう?いずれにせよ、分かっている電話番号に電話し
てみるほかないだろう。私は、途中で、そのフルネームと住所
付きの電話番号に電話してみた。
 電話には、明らかに年配の女性が出た。
 私は手帳を拾った者ですが、この手帳はお宅の娘さんの物で
しょうか?
「うーん、わからないけど、今、娘は仕事に出ているので、娘
に電話させます」
 私は、こちらの電話番号を伝え、電話を切った。
 自宅に着いて、20分程すると、電話が鳴った。
 はい、もしもし。
 私は、大雑把に手帳に書かれている内容を伝えた。
「あー、それは、うちの会社の者のだと思います」
 電話口の女性は、介護福祉士を派遣する会社の社長だった。
 その手帳は、自分の会社のスタッフの女性の物で、その者か
ら改めてこちらに、電話をかけなおさせます、とのことだった。
 それから、20分後、電話がかかってきた。
 私は、手帳の内容に沿って、細かく尋問した。
 間違いなく、その女性の物であった。
 女性は、仕事が終わったら、お宅に伺います、と言った。
 私は、住所を教えた。
 それからだいぶ暗くなってから、女性は家に来た。
 車にカーナビがあるらしく、家はあっという間に分かったら
しい。現代のハイテク技術、恐るべし。
 女性に手帳を渡すと、女性は紙袋に入ったモロゾフのチョコレ
ートを私に寄越した。
 モロゾフのチョコレートなんて、久しぶりだ。
 私のバレンタインの義理チョコの定番のひとつだった、モロゾフ
 義理でも、おいしいものはおいしい。
 えー、でも何で私がチョコレートが好物だって知ってるの?
 カーナビが教えてくれたのか?
 それでも、一応受け取りを断ると
「ご家族でお食べください」と言って渡された。
 んー、私に家族はいないのだが、有難く頂いた。

 その後、チョコレートを仏前に供えた。
 あれから、もう4ヶ月経った。
 チョコレートは、まだ仏前に供えたままである。