私のお願い事は叶った。
そして、このお願いごとは現在も進行中である。
「叶いました」ハイ終わり、ではない。
ある一定の条件、状況を維持していくことを、私のお願い事は含んでいる。
私は、この叶った、叶っているという事実の報告のために、この教派神道の教会に参拝した。
私が申し上げると、教会長先生は静かに「そうですか」と仰った。
特に驚くわけでもない。
平静である。
叶ったことに舞い上がることは微塵もない。
「当たり前だ」とふんぞり返る風でも無い。
起きている事実を粛々と受け止めている。
起きたことは奇跡と言えるものである。
それでも平然としている。
「私が祈っているから、効果があった」という様子もない。
教会長先生のこの態度には感銘を受ける。
私だったら、ちょっと得意げな感じなってしまうだろう(苦笑)
この教会長先生は信者さんの癌などの難病もその祈念により癒やされている。
かなり凄い人と言えると思うのだが、それを鼻にかけることはない。
宣伝もしていない。
口コミで話を聞いた人が集まって来るだけである。
偉い人、優れた人は、案外世間に知られずにいるのかもしれない。
~続く~