喪主になったら、葬儀における一連の行事が終わるまで気が抜けない。
酷なようだが、耐えて乗り切るしか無い。
「周りの人に助けてもらっていくから私は大丈夫」
そういう声があるかも知れない。
もしそれが本当に事実であればそれは幸いである。
葬儀においては人は変わる。
葬祭関係では、親戚であっても意外なほど冷たい。
彼らすれば冷たくしているつもりはないのだろう。
彼らも悲しくてそれどころではないのかも知れない。
あるいは、立ち入って煩がられるよりも、一歩離れて見守るということなのかも
しれない。
親戚であっても他所の家の人なので、口を挟むのも憚られるということなの
かもしれない。
葬儀における親身な援助は、実に得難い。
だが、葬儀のような経験が物を言う状況では、先人のアドバイスが欲しい。
おせっかいと思われたくなくて黙っているのかも知れないが、是非教えて欲
しい。
知らずにいれば、葬祭業者の喰い物にされるだけである。
落ち着いて正気に戻った時に、その巨額の出費に気がつくということになる。
それは避けたいものである。
~続く~