不二家憩希のブログ

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班での告別式参列。その⑩

 読経が終わり、式も終わりに近づいた。
 告別式でも僧侶は講話を行った。
 内容は道徳に類するもので宗教色は無かった。
 何か遠慮をしているように見えた。
 ここにいる参列者全員が自分と同じ宗派というわけで
はないから、ということであろうか。
 あるいは無宗教層に気を使っているのか。
 せっかく僧侶が正式の袈裟を着て話をするのだから、
もっと宗教について語っても良いのではなかろうか。
 かなり踏み込んだ内容であっても通夜・告別式という
特別な場である。
 余程の内容でも許されると思う。
 私は、通夜・告別式での僧侶の講話を楽しみにしている。
 こうした特殊な空間で、生涯における最大級の悲しみに
くれる遺族に、どういう言葉がかけられるか、ということは
重要な課題だからである。
 また、特に悲しくもなく、義理で、お付き合いで参列して
いる者にも宗教家として訴えることはあるのではなかろう
か。
 非日常的空間において聞く話は、強く印象に残る可能
性が高かろう。
 宗教家であれば、この場を利用し日ごろの鍛錬の結果
を見せて欲しい。
 この日の僧侶は講話をしてくれただけでも、良い方だと
思う。
 それなりの熱意が感じられた。
 何も話さず、お経だけ呼んで帰っていくような僧侶は、
お呼びではない。
 
 ~続く~