○価○会の信者からの投票依頼が鬱陶しい、不快
であるという声はよく聞く。
それが理由で○価○会を嫌っているという人も多い。
私は先日の日曜日に生○明党への投票依頼が来た。
これは私にとって生まれて初めてのことだった。
依頼してきたのは叔母である。
私はその依頼をどう受けたか。
「はい、わかりました」と答えた。
一発了承である。
その態度に相手も内心驚いたかもしれない。
普通はいろいろと返答するだろう。
それを私はあっさりと受け入れた。
へぇ、お前も○価○会の関係者か?と思われるかも
しれない。
それはない。
私の親戚で○価○会は叔父一家だけである。
それでは何故そんな返事をしたのか。
それは、断るのが面倒だからである。
しかも相手は叔母である。
波風は立てなくない。
私も以前は「波風歓迎!ウィンドサーフィンでも大凧で
も持って来い!乗ってやるぜ」という姿勢だった。
論争をしても負けることは無かったからだ。
しかし、近年そうした姿勢は控えるようにしている。
叔母は長年熱心にこうした活動をしてきた。
話ぶりや態度からもそれは窺えた。
彼女にとっては選挙運動は生きがいのひとつになって
いるのだろう。
こういう人とやり合うと、かなりややこしくなる。
私は以前、揉めたことがあるのだ。
これについては、また別の機会にでも記したい。
関係をこじらせるのは、避けたい。
宗教絡みの対立は、根が深くなりがちだ。
まして親戚である。
疎遠になったとしても関係は続いていく。
まずは受け入れ話を終わらせる、ということにした。
だが、私が実際には誰に入れるかは、投票所に行って
鉛筆を持ってみるまでわからない。
その時その場で思いついた候補者の名前を書くだろう。
それでは表向きに「わかった」と言っただけなのか?と
問われるかもしれない。
そう言うことになるだろう。