昨日のブログでも書いたのだが、発電所による火
力発電には廃熱という現象が伴うそうだ。
廃熱、つまり熱を捨てると言うことである。
ってしまっているのである。
貴重なエネルギーを捨てているのである。
その上、発電時には多量の二酸化炭素を排出して
いるのである。
これは現代のエコロジーの流れに大きく反してい
ると言える。
原理から言うと原子力発電も同様であろう。
電力会社は、反エコロジーの先頭に立っているの
である。
40%にしかならない貴重な電気を煮炊きや暖房
のために使うぐらいなら、最初からガスや灯油や石
炭を使った方が効率も良いし環境のためにもなるの
である。
無理して電気を使うことはないのである。
力発電には廃熱という現象が伴うそうだ。
廃熱、つまり熱を捨てると言うことである。
石油、石炭、天然ガスにより火力発電をして、そ
のうち40%のみが電気になり、60%が廃熱となってしまっているのである。
貴重なエネルギーを捨てているのである。
その上、発電時には多量の二酸化炭素を排出して
いるのである。
これは現代のエコロジーの流れに大きく反してい
ると言える。
原理から言うと原子力発電も同様であろう。
電力会社は、反エコロジーの先頭に立っているの
である。
40%にしかならない貴重な電気を煮炊きや暖房
のために使うぐらいなら、最初からガスや灯油や石
炭を使った方が効率も良いし環境のためにもなるの
である。
無理して電気を使うことはないのである。
電力会社は「電気はクリーンエネルギー」と盛ん
にPRしているが、実はそうでもない。
電気を使用する現場では何かクリーンな感じもす
るのだが、発電の現場では少しもクリーンではない
のである。
これをクリーンと呼んで良いものだろうか。
発電という作業自体が環境を汚染しているという
基本的な事実を電力会社は隠そうとしているのでは
ないだろうか。
隠そうとまではしないまでも、公にはしてこなか
ったと言えるのではないだろうか。
1970年代に公害が社会問題として大きく取り
上げられた頃は、ルポライターらにより取材・発表
されてきたのであるが、最近ではどうもそれも下火
になっている。
電力会社がそれらの動きを押さえ込んでいるので
はなく、社会問題を提起するライターが少なくなっ
てきてしまっているからだと思う。
出版しても売れなければ、取材を続けることもか
なわないし出版そのものも出来ない。
にPRしているが、実はそうでもない。
電気を使用する現場では何かクリーンな感じもす
るのだが、発電の現場では少しもクリーンではない
のである。
これをクリーンと呼んで良いものだろうか。
発電という作業自体が環境を汚染しているという
基本的な事実を電力会社は隠そうとしているのでは
ないだろうか。
隠そうとまではしないまでも、公にはしてこなか
ったと言えるのではないだろうか。
1970年代に公害が社会問題として大きく取り
上げられた頃は、ルポライターらにより取材・発表
されてきたのであるが、最近ではどうもそれも下火
になっている。
電力会社がそれらの動きを押さえ込んでいるので
はなく、社会問題を提起するライターが少なくなっ
てきてしまっているからだと思う。
出版しても売れなければ、取材を続けることもか
なわないし出版そのものも出来ない。
電力会社は、一般市民が知らないのをいいことに
したい放題をしているのではなかろうか?
以前はこうした問題提起は、ルポライターによっ
て行われてきたが、現在ではその役目はブロガーが
担わなければならないのかもしれない。
したい放題をしているのではなかろうか?
以前はこうした問題提起は、ルポライターによっ
て行われてきたが、現在ではその役目はブロガーが
担わなければならないのかもしれない。