私はこれをこの日の参拝のメインと考えている。
蘇民将来を祀っている神社は、近隣には無い。
当地としてはとても珍しい存在である。
そのため参拝にも気持ちが入りやすい。
何か不純な理由のようにも思えるが、そう思ってしま
うのだから仕方ない。
ここは特に神気が漂っている。
拝殿の中に人が座っていて、こちらを見ているような
錯覚を覚える。
否、これは錯覚ではないのかもしれない。
拝殿の奥から視線を感じるのだ。
”ここには確かに神霊が鎮座しておられる”と体感で
きる。
これはどなたが参拝してもそう感じるであろう。
そのような予備知識を持たずに参拝しても、すぐに気
がつくであろう。
神気があともう少しで肉眼で見えそうなほどなのだ。
同様のことはこの神社に祀っている素盞嗚命の拝殿
でも感じる。
この神社は特別なのだ。
特別でありながら、世間的には地元の方々以外には
殆ど知られていない。
一種の穴場的存在と言えるかもしれない。
~続く~