昨日の昼、私は用事を済ませて自転車で家に
帰るところだった。
我が家の裏手の道に差しかかったところで、白
い杖を持った人が歩いているのが見えた。
目の不自由な人だ。
70台前半の男性だ。
どうもこの辺りにお住まいの方のようだ。
私はごく近所の方なら分かるが、それ以外の人
はよく知らない。
このあたりで、そうした方が歩いているのを見か
けるのは珍しい。
私は自転車を停めて声をかけた。
手を引きましょうか?
すると、その男性は私の方を向いてこう言った。
「ありがとうございます。実は私は、あなたの顔も殆
ど見えないんです」
私とその男性とは1㍍も離れていない。
「それでも今はまだぼんやりと見えるのですが、あと
半年すると完全に見えなくなるんです」
男性ははっきりとそう言った。
「それで、今のうちから一人で歩く練習をしているん
です」
男性は自分から補助の手を断ったのだった。
それなら、私としては何も出来ない。
私は簡単に挨拶をして別れようとした。
すると、その男性は「ありがとうございます」と言った。
私は「頑張ってください」とすら言えなかった。
本当に頑張っている人に「頑張って」などとは言え
ないものだ。
それに何と言ったら良いのかも、その時はわからな
かった。
私が自転車でゆっくりと走り出そうとしてからも、そ
の男性は何度も「ありがとうございます」と繰り返した。
その男性は人生の窮地に陥ろうとしているのに、な
おも前向きに踏み出そうとしておられる。
私のご近所にも称賛に値するガッツに溢れる方が
おられる、ということに気がつかされた。