普通の時計店で電池を入れてもらったことは、
今までにもある。
その時計店は市内を南北に走る国道沿いに
あり、私は年中その店の前を通っていた。
いつも前を通るから、この店にしよう、とその
店に決めたのだ。
その店は時計とメガネの店で、時計はロレッ
クスをはじめとする高級ブランドも多く置いていた。
私はロレックスを扱っているから、この店は良
い店だ、などと思ってその店を選んだわけでは
ない。
あくまで私の通り道だからである。
この店では私の使っていたシチズンの腕時計
の修理の中継ぎをしてもらったこともある。
しかし、その店の店主の私への接客態度はど
うも軽くあしらわれているような気がするものだ
った。
シチズンを小馬鹿にしているようなのだ。
時計店にはこういう種類の人間が時折存在する。
自分が世界の高級品を扱っているため、その
商品と自分とを自己同一化してしまっているのだ。
「あなたはあなたであって、ロレックスではありま
せんよ」と言ってあげたくもなるが、相手も結構な
大人である。
今更言っても遅いだろう。
彼らはこのまま人生を終えるのだろう。
この手の人間には商っている人だけではなく、
そのユーザーの中にも時折存在する。
「ベンツに乗っているからといって、あなたはベン
ツではないでしょう?」と言いたくなるような人間も
いる。
「ベンツは良い。それに比べてトヨタや日産は○○
で駄目だ」とか言うのである。
それでも私はロレックス取扱店であるその時計店
を利用していたが、我慢が出来なくなりよその店を
探すことにした。
本来ならそのような我慢をする必要もなかったのが、
これはこれで人間観察としては面白そうだな、と思っ
ていたからである。