った。
坊さんが入場してきた。
だが、司会者は寺の名前も坊さんの名前も紹介しない。
この会場では、坊さんの入場時に檀那寺の名前と坊さん
の名前をアナウンするのが通例である。
おそらくこの坊さんは、ここの葬祭業者の紹介なのだろう。
檀那寺を持たない遺族に、坊さんを斡旋・紹介するサービ
スである。
Sさん宅もそうなのか。
それで弔問の時に「線香は一本だって」と言ったのか。
斡旋・紹介されて来訪した坊さんにいろいろ尋ねて初めて
知ったことを、(皆も知らないのだろう)と思って教えようとし
たのだろう。
Sさんは仏事に疎く、知ったかぶりをしたかったのだろう。
それにしてはSさんは、他の人の葬儀の際にいろいろと仏
事の作法を人に講釈していたなぁ。
あれも知ったかぶりだったのか。
道理で実を伴わない空虚な感じがしたのか。
知らない人ほど、いろいろと能書きを垂れたがるものである。
Sさんも90歳過ぎである。
その年までこうした生き方をしてきたのか。
そんな人は多いのかもしれない。
私も気をつけようと思う。
~続く~