不二家憩希のブログ

はてなブログに引っ越してきました。

「おーい」と呼ぶ声。

 昨年末、私は2階のサッシの溝の掃除をして
いた。
 その日は日差しもあり、11月中旬ほどの陽
気でベランダでの作業もはかどるような気が
した。
 溝に詰まった砂ホコリをかがんで取ってい
ると、遠くから声がする。
「おーい、おーい」
 家の前の通りを少し行った所で道路工事を
していたから、工事車両の誘導をしているん
だな、と思った。
 私は掃除を続けた。
 だが、しばらく経っても、その「おーい、
おーい」という呼び声は続いている。
 しかも、その声はこちらに接近して来て
いるようにも聞こえる。
 私は振り返ってあたりを見渡した。
 すると、通りには車椅子に乗った70代位
の男性とその車椅子を押す女性がいた。
 二人ともこのご近所の人ではない。
「おーい、おーい」という声は、その男性が
発していたものだったのだ。
 その男性は、認知症か何かのようだ。
 少し高いトーンで何かを呼んでいる。
 その日は暖かかったので、いつもの散歩コ
ースから足を伸ばしてみたのだろうか。
 その男性は、なおも「おーい、おーい」と
呼んでいる。
 認知症などになると、どうしても家の中に
閉じこもりがちになる。
 外出する機会も減ってしまう。
 男性は久しぶりに外に出て嬉しかったのだ
ろうか。

 あれから、一ヶ月が経つが、私はあの車椅
子の男性の姿を見ていない。
 もう少し暖かくなれば、また外に連れ出し
てもらえる日が来るかもしれない。
 あの男性も窓から外を眺めているのかもし
れない。

 春を待っている人は多い。