不二家憩希のブログ

はてなブログに引っ越してきました。

行者の家を尋ねる人

 小雨の中、傘を差して歩いていると、向こうから初老の
男性がこちらに歩いてくる。
「ちょっと、お伺いしますが・・・」
 私はよく道を尋ねられる。道を尋ねられやすい体質なの
か?
「このあたりに御嶽山はありませんか?」
 御嶽山というのは、日柄や運命判断とかをしている行者
さんの家のことである。山がここにあるわけでは勿論ない。
 その男性は、気が弱そうな人のよさそうな人に見える。

 人間、不明に陥ったり、困った時には、誰かに相談した
くなるものである。
 法律や行政にかかわる問題であれば、公的機関や信用の
置ける法曹関係者などのところに行って、方策を練るなり
授けてもらえば良いのだが、人に降りかかってくるのは、
そういう問題ばかりではない。
 こういう行者さんのところに来る人というのは、本当に
困っている場合がある。
 その人自身では、どうしたらよいのかまるで分からない
状況にある人が多い。

 中には慢性的相談病にかかっている人もいる。そういっ
た人はネット上にも沢山いる。あっちの行者、こっちの霊
能者と渡り歩いている。
 有名な行者に相談してもらっただけで、自分が何だか偉
くなったかのような錯覚を持っている人もいる。エゴは簡
単に肥大する。それをテーマにして、ブログを運営してい
る人もいる。
 その行者がテレビや雑誌に載ったりしていると、彼らの
勘違いはより大きくなってしまう。
 
 テレビに出る行者や霊能者なんて、彼ら自身が病気なの
に・・・。
 見る目がないというのは、気の毒なことである。

 さて、御嶽山であるが、その行者さんは3年ほど前に亡
くなっている。
 御嶽講の建物は、行者さんが亡くなって間もなく取り壊
され、血縁の方が新しい今風の家を建てて住んでおられる。
 私は、その旨をその初老の男性に伝えた。
「それは困ったなぁ」
 男性には、何か切迫した問題があるのかもしれない。
 私は、そのかつての御嶽講があった場所まで、一緒に行
ってあげることにした。こう書くと、とても親切なように
思われるが、丁度私の通り道だっただけのことである。
 
 ここが、その家です。ここの家の人に聞いてみてくださ
い。
 私は、そう言って別れた。
 男性は、インターホンに向かって何か話している。
 スクエアでグレーの外壁のその家は、かつてここに御嶽
講があったことを完全に否定しているかのようだった。

 その男性は、あまり芳しい返事はもらえないだろう。

 雨はあがってきたが、私は傘を差したまま歩いた。
 家まであと少しである。