不二家憩希のブログ

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フォーク版”刑事コロンボ”の誕生 その26

 ピーター・フォークによるコロンボ警部の、あの独
特な持ち味はどのように出来上がったのか。
 それは、フォークの俳優として極めて特異な演技
能力にあると思う。
 ”刑事コロンボ”に至るまでのフォークの俳優活動
を振り返ると、そこには普通の俳優ではまずありえ
ない点に気がつく。
 フォークは、ギャング役などの悪役とコメディ映画・
ドラマにおけるコミカルな役という相反する役を同時
に進行させている。
 これは極めて異例のケースではなかろうか。
 若手の頃は悪役専門でも、キャリアの後半以降は
善人役にシフトするというケースは割と多い。
 また、その逆も結構ある。
 だが、フォークはそれを同時期に演じているのであ
る。
 この映画では、悪役、次のドラマでは面白おじさん
の役、そしてまたその次はギャング、という具合であ
る。
 他にこのようなスタイルをとる俳優がいるだろうか?
 多くの俳優は、どちらかに軸足を固定しているもの
である。
 フォークは、そうした姿勢はとらなかったのだ。
 そしてフォークはそれだけに留まらない。
 フォークはシリアスな役も同時期に演じているのだ。
 それらは社会問題を提議する見ていて気持ちが沈
んでくるようなリアリティにあふれる役である。
 フォークは悪役、コミカルな役、シリアスな役の3本
立てなのである。
 フォークは、それらのいずれでも高い評価を受けて
いる。
 アカデミー賞エミー賞にノミネートされ、”トマトの
値段”ではエミー賞を受賞している。
 フォークは実に起用で多才な俳優なのである。
 コロンボ警部の愛嬌のあるコミカルな感じは、喜劇
俳優としてのフォークの一面が出ている。
 中盤以降、犯人を追い詰めるコロンボ警部は、シリ
アス俳優としての顔が見える。
 最後の犯人を落とす際の緊迫した場面での迫力あ
る追究では、悪役で培った凄味を感じさせる。
 フォークは並の俳優ではない。
 やはり、大成功するだけの才能の持ち主なのである。
 
 ~続く~