いつもの集いに行った。
常駐牧師は、謎の長期休暇中で今日も欠席である。
「西班牙に行っている」ということらしいのだが、それも本当かどうかもわからない。
そう疑っているのは私だけだろうが、いずれにせよ考えられないほどの長い休みである。
その牧師欠席中の約2ヶ月間は、市内在住の高齢のT協力牧師が毎週の説教のため来会していた。
T協力牧師は、これまでにも常駐牧師が欠席の時に代理で説教壇に立っていた。
説教の内容は、常駐牧師よりも格段に良い。
おそらく、これくらいが基督教牧師のアベレージだと思う。
常駐牧師が酷すぎるのだ。
T協力牧師の登壇も今回が最後となった。
行事の最後にT協力牧師の挨拶があった。
行事が終わり、雑談の時間となった。
T協力牧師は、テーブルの私の隣に座った。
そして、手を出し握手を求めてきた。
手を強く握りながら、朗らかにこう言った。
「私が天国に行った時に『あれ?フジヤさんが、いないな』ということにならないように」
T協力牧師は心から、そう思っているようだ。
一応解説すると、(私も高齢で昇天も遠くない。フジヤも早く洗礼を受けて天国に行くように、それを心から願っている)と言うことである。
私は人から体を触れられることが好きではない。
握手も滅多にしない。
しかし、握手を求められれば応じざるをえない。
T協力牧師は長いこと手を握りつけた。
あぁ、気持ち悪い。
島崎和歌子クラスの美人であればともかく(笑)、高齢男性に握手されても、少しも嬉しくない。
それに、洗礼は一切考えていない。
人それぞれ、気持ちの行き違いはあるものである。